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ホーム > 鐘山苑での過ごし方 > うらろじ探訪 > 山中湖村寿徳寺・伝説のプリマドンナ三浦環の足跡

うらろじ46本目山中湖村寿徳寺・伝説のプリマドンナ三浦環の足跡

伝説の日本人プリマドンナが眠る場所

2020年3月30日からスタート予定のNHK朝の連続テレビ小説、第102作目の「エール」は昭和の音楽史を代表する作曲家・古関裕而(こせき・ゆうじ)夫妻をモデルに二人の波乱万丈の生涯を描いています。

この物語の中の主要な登場人物のひとりとして二人に多大な影響を与える存在となる世界的なオペラ歌手が、双浦環(ふたうら・たまき)です。柴咲コウさんが演じる環は、実在のプリマドンナ「三浦環(みうら・たまき)がモデルです。

三浦環は、世界でもっとも権威がある音楽文献「グローヴ・オペラ辞典」の中で、日本人としてはただ一人、名前が掲載されるほど、日本で初めて国際的な名声を掴んだオペラ歌手として有名です。
その彼女が終の住処として選んだ墓所が、山中湖畔にあることをみなさんはご存知でしょうか?

三浦環は明治17年(1884)東京府生まれ。幼少の頃から日本舞踊、長唄、箏を習う。長じて東京音楽学校(現・東京芸術大学音楽部)に進む。ピアノを瀧廉太郎、に、声楽を幸田延、アウグスト・ユンケルに師事。在学中には日本で最初のオペラ公演として知られるグルックの「オルフェオ」で主役を演じています。1911年に帝国劇場に所属し、翌年にはレコードの初吹き込みを行い、プリマドンナとして活躍を続けます。

1914年、「本場のヨーロッパでオペラの勉強がしたい」と夫とともに留学。ロンドン・アルバートホールの舞台に立ち「マダム・ミウラはメルバやカルヴェにも引けをとらぬ美しい声と芸術性を持った歌手」と絶賛されます。

1915年名門歌劇場「ロイヤル・オペラ・ハウス」で上演された「マダム・バタフライ」に主演。清澄な声で蝶々夫人を見事に表現し、最大級の拍手を受け大成功を収め、「蝶々夫人」の作曲家プッチーニに日本人で唯一認められたプリマドンナとなりました。

およそ20年にわたる欧米での活動後、1935年に帰国。第二次世界大戦の激化を受け、1944年に山中湖村(当時は中野村)に疎開。母を看病しながらピアノを弾き、地元民とも気さくに交流し、疎開中の成城学園の子らにも歌を教えたり食物を与えたりしたそうです。また、毎朝湖畔で発声練習をすると、その美しい声は湖の面を渡り、向こう岸まで届き、こだまとなって帰ってきたと言います。

1945年、母・登波死去。環もまた終戦後目に見えて衰弱し、1946年、5月26日息を引き取りました。亡骸は、生前「富士山の見える湖畔で母とともに眠りたい」という遺言に基づき、寿徳寺(山梨県山中湖村平野147)に葬られました。

墓碑には環の自筆で「うたひめは 愛国心を持たされば 真の芸術家とはなり得まし」と言う歌が刻まれています。戦時中は前線の兵士や女子挺身隊の若い女性たちのために精力的に慰問を続け、学徒出陣の報には身を震わせ号泣したと言われる明治女性の強い愛国心とやさしさ。国を想い祖国のために歌ってきたからこそ真の音楽家となりえたと言う彼女の自負が、そこからは読み取れます。

寿徳寺は文応元年(1260)開山とされ、弘法大師が建てた草庵が起源と言われています。本尊は地蔵菩薩。戦国武将・武田信玄が祈願所と定めたお寺としても知られています。

寿徳寺・武藤ご住職のお話。「環さんのお母様の登波さんのご葬儀を、うちのお寺で執り行いましたご縁で、その後、総代会を経て今の場所にお墓をたてることが決まりました。環さんが亡くなられてからは直接のお弟子さんたちでつくる環会(たまきかい)の皆様がご命日に毎年お墓参りをされていましたね。私は当時まだ子供でしたが、お墓の前で歌われるオペラの声量に子供ながらに驚いたことを覚えています。現在では音楽関係の方や、お子様の耳や声のご病気の快癒を願う親御さんなどがお参りにみえることもあります」

山中湖に佇む寿徳寺(じゅとくじ)
環さん(前列右から6番目) 疎開先の山中湖三国荘所蔵の貴重な写真
環さん(中央奥)「私の四十の誕生日ロスアンゼルス」山中湖三国荘所蔵
自筆の詩「うたひめは 愛国心を持たされば 真の芸術家とはなり得まし」
寿徳寺の凛とした聖域に安置される墓所と記念碑

静かな湖畔の、豊かな自然に包まれた墓所で、三浦環と縁の深い二人の女性と出会いました。

ひとりは、山梨でソプラノ歌手として活躍される土井尻明子さん。岩手県大船渡市出身の土井尻さんは国立音楽大学声楽科を卒業。財)日本オペラ振興会オペラ歌手育成部修了。イタリア留学を経て昭和音楽大学大学院オペラ専攻主席修了し、2002年にオペラデビュー。現在は「富士山おもしろオペラ劇場実行委員会」代表もつとめられ、ホテル鐘山苑の音楽イベントにも多数ご出演いただいている縁で、お話を伺いました。学生時代にオペラ史を学び、三浦環はもちろん知っていましたが、富士吉田市に転居後、偶然、環の墓所が近くにあることを知ります。独自の研究を続け、現在では三浦環の楽曲コンサートやオペラ講座なども開催されています。
「環さんは音楽的にも偉大な先達であり、憧れです。一方で人間的にも魅力にあふれた方で、彼女の自伝は面白くて、一気に読み終えてしまうほどです。そのお人柄に惹かれて、ますます彼女が好きになっています」

もうひとりは、後藤浩子さん。御歳99。とても来年100歳を迎えられる方には見えないほどお元気で記憶も語りもしっかりされた女性。東京音楽学校声楽科教授をしていた伯父(澤崎定之)の縁で、欧米から帰国していた三浦環と会ったことがあり、また日本で最初に建てられた本格的な西洋式音楽ホール「奏楽堂」(旧東京音楽学校奏楽堂)で行われた伝説の音楽会も観覧し、実際の環の歌声も耳にされています。忍野村在住。
「ふたたび環さんにスポットライトが当たり、若い世代の方にも三浦環という存在を知っていただけるのは、なによりも嬉しいです。多くの方にこの墓所にもお参りいただけることを祈っています」


お墓参りの後、お二人に三浦環の魅力を語っていただきました
続編「伝説のプリマドンナ三浦環との縁を語る座談会」
→https://www.kaneyamaen.com/spend/uraroji/entry/post-47.php


NHK朝ドラ102作目「エール」の重要な登場人物として登場する環。世界的なプリマドンナとして、また再び脚光をあびる美しきマダム・バタフライ、三浦環は湖畔の名刹に眠っています


2020年3月20日

※記事の内容は取材当時のもので現在とは異なる場合があります。
最新の内容につきましては、お客様ご自身でお問い合わせの上、ご利用いただきますようお願い致します。

三浦環さんと縁の深いお二人が揃ってのお参り
現役のソプラノ歌手であり三浦環さんの研究家でもある 土井尻明子さん
三浦環さん生前から縁があり、大正~令和の語り部 後藤浩子さん

山中湖村寿徳寺・伝説のプリマドンナ三浦環の足跡

山梨県南都留郡山中湖村平野147

TEL:0555-65-8209

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